#63 身体だけでなく“こころ”も成長する競技体験を目指して

 人間の心の発達について、精神分析学者・臨床医のE.H.エリクソンは「人間の8つの発達段階」と題する人間生涯全般にわたる発達論を提唱しています。そこでは、人間の心は常に生涯を通じて成長・発達していくものであるという展望が示されています。「人間の8つの発達段階」では、人の一生を「乳児期」「幼児前期」「幼児後期」「児童期」「思春期・青年期」「成人初期」「中年期」「老年期」の8つに分け、それぞれの時期に特に目立って成長・発達する段階があると説明されています。今回は、その中でも「思春期・青年期(小学校高学年頃〜大学生頃)」の心の成長とアスリートの競技体験について、読者の皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

・思春期(小学校高学年〜高校生頃)の特徴

思春期における心の成長の代表的特徴として、大人(例えば、保護者や指導者)から心理的に自立しようとする動きが現れます。具体的には、それまで無条件に受け入れていた大人の物の考え方や価値観に対し、疑問を持つようになります。それが反抗的な態度として表れる場合もあれば、あからさまな態度としては表れない場合もあり、個人差があります。しかし、大人と子どもが、お互いを個として尊重し合う新たな関係性構築の時期であることは共通しています。思春期は、その後の青年期に「“自分とはどんな人間か”を考え、“人生をどう生きていきたいか”を見つける(アイデンティティの確立)」ための大切な準備期間です。

・青年期(高校生後半〜大学生頃)の特徴

先に述べたように、青年期は「アイデンティティの確立」が心の発達課題としてあげられます。この時期は、人生の分岐点として重要な選択を迫られます。その代表的な出来事が、進路選択です。複数の進路から一つを選択することは、同時に他の可能性を捨てることでもあり、そういった選択にはとても勇気が必要であるため、「先生が勧めてくれるから」や「親が望んでいるから」など、選択の意思決定を他者に委ねてしまいたくなるかもしれません。しかし、その先の人生において困難に直面したり挫折を経験した際、それを先生や親のせいにしても、過去の選択を変えることはできません。そのため、主体的に選択することがとても大切であり、思春期に自分なりの価値観を模索し、心理的自立を目指した取り組みが、ここで生きてくるのです。

・心を成長させる競技体験

心理相談でお会いする大学生アスリートが、次の様な戸惑いを話すことがあります。「大学に入学したら、先生から“自分の課題は何なのか、自分でよく考えて練習するように”と言われたけど、自分で考えたことが正しいのか不安。今までは、先生が課題を指摘してくれて、それを克服するために練習する感じだったから。」このアスリートの戸惑いの背景について考えてみたいと思います。

スポーツ(競技)への取り組みによって心の成長を促進させるためには、押さえておくべきポイントがあります。その一つに、アスリートは競技の中で身体を通して、自分自身を振り返る態度を身に付けておくことが必要であると言われています(江田ほか,2012)。この態度を育む指導者の関わりとして、アスリートのパフォーマンスを共感的に理解することが大切です(坂入,2018)。動作解析結果や測定記録などをもとに選手のパフォーマンスを理解することを客観的理解と呼ぶのに対し、選手自身がどう感じているか、どう考えているか、から選手のパフォーマンスを理解することを共感的理解と呼びます。

指導者が共感的な理解を持って関わってくれた経験は、アスリートが自身の身体感覚や特徴を把握する助けとなります。そして、それが競技場面での気づきや洞察を深めることに繋がると言われています。

次回のブログでは、思春期に起きる心理的問題について紹介する予定です。

奥野 真由 (OKUNO Mayu)
  久留米大学
  人間健康学部 スポーツ医科学科 助教

参考文献

  • 江田香織・中込四郎(2012)アスリートの自己形成における競技体験の内在化を促進する対話的競技体験.スポーツ心理学研究,39(2):111-127.
  • 坂入洋右(2018)体育・スポーツ・健康の指導における自己と他者の関係性の変革−トップダウンからボトムアップへのパラダイムシフト−.体育の科学,68(5):348-352.